
鼎談「支援者支援がめざすこと」-01-

藤岡 孝志先生(日本社会事業大学名誉教授)
石井啓(社会福祉法人嬉泉 理事長)
小池 朗(社会福祉法人嬉泉 本部事務局長)
鼎談のテーマについて
石井
藤岡先生には普段からいろいろお世話になっていまして、事業所で言えば、めばえ学園と赤塚福祉園でも直接ご指導いただいています。もちろん法人としては評議員を務めていただいているのですが、今日はどちらかと言えば、現場のスーパーバイザーとしての藤岡先生のお話を伺いたいと思っています。
嬉泉新聞第92号にご寄稿いただいた内容(「支援者としての『存在』のありようへの気づきと調整、回復 ~支援者支援がめざすこと~」)は、先生がお書きになった『支援者支援養育論』(2020ミネルヴァ書房)のお話が中心だったかと思いますが、今日はその辺りと、受容的交流の関係について。嬉泉新聞の原稿もそうですが、『支援者支援養育論』にも非常に共感し、受容的交流に通じるものが非常に多くあるなということを感じながら読ませていただいています。
今日はいろいろ伺いたいと思いますが、最初はやはり、直接めばえ学園や赤塚福祉園で先生がご指導していただいている中で感じていらっしゃることや、そこでの職員との交流の中で、それこそ支援者支援に通じるお話もあろうかと思いますので、その辺りからまず教えていただけますか。
嬉泉での動作法指導
藤岡
まず、このような機会をつくっていただきまして、ありがとうございます。おかげさまで長年ずっと嬉泉に関わらせていただきまして、もうどのぐらい前からか忘れられるぐらいで、二十年以上経っているかなと思っています。
当初から赤塚福祉園とめばえ学園にずっとお世話になっていまして、赤塚福祉園は成人の施設で、職員の方が動作法をされて、その場に私がスーパーバイザーとして入り、「支援者である職員による利用者の方々への支援の場」をどう支援をするのかという立場でさせていただいています。
それから、めばえ学園は親子の場ですね。主としてお母さんですが、お父さんがいらっしゃることもあって、お母さん、お父さんとお子さんとの「セッション」と言っていますが、これも動作法のセッションをしていただいて、そこに私が入らせていただいています。
赤塚福祉園では、一回のセッションが職員と利用者の方のペア、二~三組で、これを複数回行います。
めばえ学園は一回に母子あるいは父子の一グループで、じっくりその親子の様子を見ながら関わっていく。それから実際に、私もお子さんに関わったりさせていただいています。
まず赤塚福祉園では、最初に「よろしくお願いします」と職員と一緒におじぎをするところから始めるのですが、その時の利用者さんのご様子は、しっかり声が出る方もいらっしゃれば、少し恥ずかしそうにしてなかなか声が出なかったりと、様々です。
そこで非常に大事にしているのは、「動作法という場」となる場所と時間を設定し、その枠組みを明確にして、普段とは少し違った場が設定されることで、「そこに来ると動作法」という雰囲気になるということ。職員の方も、普段はいろいろ利用者の方と一緒に活動をしたりしていますが、その「よろしくお願いします」で始まる区切りの中で、すっとそこに入っていく。
動作法は自分の身体を素材にして、普段の自分の身体のきつさとか、あるいはどうしても緊張してしまうところとか、身体を通して自分に向き合いながら、自分の中のさまざまな動きづらさや感じづらさを分かっていくもの。動作法を通して職員の方も分かりつつ、利用者の方も分かってくるということで、当然「もうちょっとこういうふうに頑張ってね」「こういうふうにしようね」「すごいね」などと言葉のやりとりもしますが、基本はやはり動作のやりとりです。
長くやらせていただいて感じるのは、利用者の方は、最初の時の入り方から、どんどん雰囲気が変わってきていることです。例えば、ある方は「動作法の場」に入ることそのものにためらいがあって、だけど窓の外からその場を見て、それからまた自分の普段の生活の場に戻る。つまり動作法の場が、その方にどう位置づくのかということも丁寧に見守って、次第にそこに入ってくる。そして、動作法専用の素敵なマットを用意してくれているのですが、そのマットに座るか、座らないか。ずっと立ちっぱなしだったり、動き回ったりすることがあっても、それはその人のその場における動きだと尊重しながら、でも「動作法を始めるよ」と声掛けすると、そのうち立ちどまってマットの上に座るようになってきます。
こう話していると、特定の利用者の方々のお顔がすぐ浮かびますが、本当にそのことだけで半年をかけたり、場合によっては1年をかけた方もいらっしゃいました。が、何十年という大きな流れの中で、本当に見違えるぐらいに変わってきているなと思っています。
