嬉泉

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嬉泉の想

鼎談「支援者支援がめざすこと」-05-

職場の中でのサードプレイス

藤岡

 これはめばえ学園も赤塚福祉園もそうですが、振り返りの時間をすごく大事にさせていただいています。赤塚福祉園で言えば、利用者の方と職員の方の場ですし、めばえ学園では親子の場であります。
 そのような、支援者のメンテナンスの場と言いますか、支援者が自分自身のことに気づく、できているところ、あるいはできていないところにもしっかり気づく場があるということ。職場の中ではありますが、普段の支援の場、生活の場、関わりの場、それからプライベートの場での自分。そこを少し離れた、いわゆるサードプレイスという、職場・プライベートの「中間の感じの場所」が職場でも必要と感じています。
 私は「支援者の統合感」という言葉を使わせてもらっていますが、自分を人として捉え直すと言いますか、人として、自分らしく仕事ができるためにはやはりメンテナンスがすごく大事です。それは家に帰って振り返ることもできますが、職場の中に、サードプレイスというような場ができあがることによって、職場の中でメンテナンスができることも、今後、支援者支援という考え方が定着する上においては、とても大事なことではないかなと思っています。

 これも日ごろ、小池園長とお話させてもらっていることですが、やはりプライベートの生活の場での自分のメンテナンスという部分が実はすごく大事です。職員の皆さま全員と言っていいぐらい、(プライベートで)予期せぬ出来事や、つらい出来事があったりするわけですが、いろいろなことが人生で起きる中でも、そこを引き受けながら職場に来て、支援者としての資質を保持しながら利用者の方々、子どもたち、親御さんのために関わっていらっしゃる。でも、それは実はものすごく至難の業です。だから、そういう「支援者としての自分」を維持するためのリカバリーができる、自分自身が気づくような場が、職場の中にあると良いのです。
 (本人が)気がつかないうちに、というところもすごく大事だということですね。気がつかないうちにメンテナンスしてもらっているような組織的な支援が、私はすごく大事ではないかなと思っています。『支援者支援養育論』でも、支援者を支援してこその利用者の方であり、お子さんであり、あるいは親御さんであるというところを強調させていただきました。意識する、しないにかかわらず、そういう場が職場の中にできあがることがすごく大事なことではないかなと思っています。

石井

 ありがとうございます。支援者としてのメンテナンスについて、私はよくスーパービジョンが大事だと言っていて、スーパービジョンにはいろいろな機能があるわけですが、その中でもいわゆる「支持的機能」が今のお話に通じるものなのではないかなと思いました。私も実際に、職員と面談をしますが、そのことを意識して行うようにしています。
 また、職場の中のサードプレイスが、いわゆる職務とは違う形での場があることの必要性については、そこをきちんと識別というか、仕分けをした上で確保しなければいけないのかなと思いました。普通に面談して、その中でこちらがメンテナンスのつもりで関わっていても、必ずしもそうなりにくいというか、なかなかそうならないことも確かにあるので。

藤岡

 そうなんです。その一つの例として、今は支援者支援をより組織的に考えていく中で、「支援者支援コーディネーター」の役割を、職員兼務でもよろしいので、なんとか組織の中につくっていただけないかと、折りに触れて伝えさせていただいています。
 おかげさまで、現在、ある児童相談所の中で先駆的に、常勤職員とは別に「支援者支援コーディネーター」を雇用していただいています。その方は職員の支援者支援のことだけを考え、職員からの相談を受けます。その経験で分かったことは、やはり待っていても、職員の方はなかなか相談するのが申し訳ないとか、あるいは時間を取れないという中で、自分のことはやっぱり皆さんは後回しになって、子どもさんや利用者のことを優先する。それは当然のことだと思いますが、(まずは支援者としての)自分があって、表情が豊かに、それから声掛けもきつい言葉ではなく穏やかな、落ち着く余裕を持って、そして声掛けしたら向こうがどんな応答してくるかを待てる余裕を持つ、というのは、やはり、かなり自分自身をメンテナンスしていないと難しい。
 だけど「最近そういう感じにできなくなったな」ということは、支援者であれば誰でも起こり得ることだと思います。その時にこの「支援者支援コーディネーター」のところに行って、「いや最近ちょっと、プライベートのこともいろいろあって、本当になかなか身が入らなくて。だけど、申し訳ないと思いながら頑張っているんです」と誰かに言えることがあると、そこでリカバーをして、自分の思う支援ができていく。そのことで支援者としての安定感などが維持されることがあると思っています。